ルーシーママのスペイン便り

ルーシーは2009年にマドリッドに近い村で生まれたトイプードル、ママはえらい昔、日本に生まれ、長い間スペインに住んでるおばはんです。

JMJ 世界ユースデー

8月下旬、例年ならマドリッドは一年で最も静かでのんびりする時期。気温は高く、太陽はキツイけれど、日蔭に入れば涼しいし、ほとんどの人がバケーションで出払っているので市内の交通量もガラガラ、バケーションに行けなくても、騒音や排気ガスから解放されたマドリッドの夏を満喫するのって結構好きなんですけど・・・今年は事情が違います。

8月16日から21日に世界ユースデーマドリッドで開催され、3年に一回行われるこのカトリックの祭典にはローマ法王も来西し4日間滞在、世界中から百万人のカトリックの若者が集まっているそうです。
北米、南米、アジア、オセアニア、ヨーロッパなど世界の全大陸にある各国のカトリック組織による完璧な統制と指揮の下、続々と若者たちがスペインへ上陸、それに加えて、多くの司教、僧侶、修道士、修道女たちがこのイベントに参加するためスペインにやって来ました。JMJのオフィシャルサイト(http://www.madrid11.com/es)に入って閲覧すると、規律と統制のとれた組織力には脱帽です。世界中からやってくる若者に対し、教会、修道院、信者の家庭、公共スポーツ施設などが宿泊施設を提供、イベントを実行するために必要な様々な運営レベルには多数のボランティアが協力、スポンサーとして多くの企業や自治体が参加、レストランやファーストフードチェーンと提携してミールクーポンの発行、公共交通機関の協力による無料パスの配布、そしてJMJ大会参加者は全員、まずIFEMAマドリッド国際見本市会場の受付に行き、そこで大会参加キットの入ったリュックをもらう。その中には、福音書、JMJ参加に必要なクレデンシャルやパス、イベントのプログラムスケジュール、文化イベントのプログラム、JMJオフィシャルロゴ入りTシャツ、ロゴ入り日よけ帽子、ロゴ入りの扇子、そしてロザリオ。

先週末からちらほらJMJのリュックを背負った若者の姿が見えましたが、16日以降は、マドリッドの中心地はどこへ行ってもJMJの黄色や赤のTシャツが溢れています。我が家はかなり郊外にありますが、近くの教会が宿舎になっていたり、最寄りの闘牛場がJMJ関連イベントの会場になっているせいか、黄色いTシャツやら、赤いリュックやらがいっぱい、そしてボラインティアの緑のTシャツやら、黒い衣服をまとった神父様の姿も多く見られました。

大会の目玉となるプログラムはなんといっても法王が参加するイベントですが、それ以外にも毎朝10h00には、市内数十箇所の教会や修道院で様々な言語で司教による説教が行われる他、多様な文化イベントも市内のあちこちで開催。また、市民の憩いの場、レティロ公園には仮設の告解ブースが多数設置され、青空の下、緑に囲まれながら聖職者に罪の告白をする多くの信者の姿も見らました。
16日夕方、マドリッドの中心ともいえるシベレス広場にて、大会の開会宣言となるミサがマドリッド大司教であり枢機卿でもあるロウコ・バレラ氏によって執り行われました。
18日、いよいよローマ法王の到着。スペインではローマ法王のことをパパと呼びます。そう、お父さんと同じですが、発音が違います。お父さんはパパァと、2番目のパにアクセントがある一方、法王は最初のパにアクセントがあります。また、法王が乗る車(例の防弾ガラスのはまったやつ)はパパモビルと呼ばれます。12時ころバラハス空港に到着したベネディクト16世は、スペイン国王夫妻に出迎えられた後、パパモビルで宿舎となるスペインカトリック教会最高法院までパレード。夕方には最高法院からシベレス広場までパパモビルで移動し、シベレス広場で世界中から集まった信者を前にミサを取り行いました。
19日、午前中はエル・エスコリアル修道院にて世界中から集まった教育に従事する聖職者を前にパパのスピーチ。その後、5大陸とスペインを代表する若者たちがパパと一緒に昼食会。午後にはスペイン首相との会談。夕方は再びパパモビルでシベレス広場へ。コロン広場からシベレス広場までのレコレトス大通りをキリストの受難を表す15個の山車が練り歩く『十字架の道』終着点で、パパによるミサ。
20日土曜日は、マドリッド市郊外の西に位置するクアトロ・ビエントス飛行場に築かれた巨大な特設ステージの上から、世界中から集まった信者百万人を前にしてパパによる盛大なミサが行われます。
21日日曜、午前中、クアトロ・ビエントスにて再度パパによる盛大なミサ、そして次回の大会地の発表の後、閉会宣言。午後はマドリッド国際見本市会場に大会運営に協力したボランティアを集めてパパから感謝の言葉、その後、パパはバラハス空港からローマへの向けて帰国の途に就きます。


聖イシドロ教会


サン・ミゲル市場前


マヨール広場


マヨール広場


プエルタ・デル・ソル広場


"Acogida"(JMJ参加者のための宿舎)を提供しているサン・ヒネス教会


王立劇場前(オペラ広場)


王宮前に集まるJMJ参加者



人口の75%がカトリック教徒と自認する国スペインで開催されたこのカトリック教会の世界大会。大手企業や財団などがスポンサーとなっている他、治安と警備のための警察官配備、怪我や病気に対応するため救急医療を提供する施設設営やスタッフ配備、清掃スタッフ配備、公共施設の提供、公共交通機関の無料パス提供、などなど、スペイン中央政府マドリッド自治州政府、マドリッド市役所が公費を投入して協力しています。

一方で、JMJをマドリッドで開催するのは自由だが、カトリック教会の私的なイベントの開催およびその大会参加を目的とする法王の来西に国民の税金を使って協力することに反対する人々も多くいます。これら行政と宗教を切り離すべきとする人々による合法的デモが17日(水)夕方に計画され、中央政府は行進ルートがJMJのイベント会場とバッティングしないような形でデモを許可したのですが、デモ隊がプエルタ・デル・ソル広場でJMJ参加者と対峙する場面があり、警察隊が介入、断固としてデモ隊をソル広場に入れさせない様、強行手段に出たため、けが人と逮捕者が出ました。さらに、この警察側の対応に対する抗議デモが18日夜、再び行われ、ソル広場に入ろうとしところ、これを阻止しようとした警察隊と衝突。これら宗教・行政分離を訴える動きは15-M運動と連動して活動をしているようですが、テレビなど主要メディアがJMJと法王を大々的に取り扱う中で、反対運動の扱いは極わずかなもの。保守系野党のPP(民衆党)はもちろん党を挙げてJMJ大歓迎、宗教・行政分離を訴えるデモ行進を政府が許可したことを非難し、ソル広場での小競り合いは政府の失態であり内務大臣は辞任すべきと打ち上げる一方、社会党内閣のスポーククスマンは小競り合いが生じたことは遺憾ながら、政教分離を訴える人々のデモをする権利を奪うことはできないと応酬。

国王夫妻、皇太子夫妻、首相を初めとする中央政府要人、自治州政府要人、マドリッド市長などが法王を迎え、シベレス広場のマドリッド市庁舎前に巨大な特設ステージを設置して開催されているJMJ。マドリッド市中心地を南北に走る大動脈ともいえるレコレトス大通りとそれに続くプラド大通り、そしてシベレス広場でそれと交差するグランビア通りとアルカラ通り、これら重要な道路の交通を遮断して開催されるイベントの数々、夏休みとは言え、一般市民を初め、JMJ参加者以外の一般観光客は多大な迷惑を蒙っていることも事実。交通規制だけでなく、どこに行っても凄い人出、地下鉄はいつもラッシュアワー並みの混雑でほとんど冷房も効かないほどだし、プラド美術館を初めとするモニュメントも長蛇の列。できれば中心地に足を踏み入れたくないというのが実感。
自由に自分は自分のやりたいことをやる、その代わり他人がやりたいことをやるのに対しても寛容というのがスペイン人の国民性なので、カトリック教徒以外の一般市民もJMJ開催によって蒙る様々なネガティブな影響にだまって耐えているという感じがします。金曜日の夕方、私もマヨール通りやアレナル通りを歩いてきましたが、どこに行ってもJMJ参加者たちがいっぱい。若者向けファッションの店やお土産屋さんは千客万来、ファーストフードの店はどこも満員で笑いが止まらないというところでしょうが、レストラン、ブティック、宝石店、家具店、一般食料品店などはガラガラで店の前に若者がべったり座り込んでいるのを店のスタッフが苦々しく眺めているという感じでした。まさに、JMJも悲喜こもごもといったところでしょうか。

もちろん、この世界的イベントがスペインにもたらす経済効果も当然大きいものでしょう。スペインというブランドの宣伝にもなるでしょうし、スポンサー企業にとってもそのPR効果は十分あるはず。しかしながら、やはりそこにはヴァチカンも一目置くといわれるオプス・デイの力が介在しているのでしょう。ホセ・マリア・エスクリバ・バラゲールが創始したこのカトリックの一教団、他の宗派との大きな違いは聖職者以外の会員やシンパ会員が存在し、「人間の労働は原罪による罰ではなく聖性追求の特別の手段」とするところ。その結果、世界の金融、経済、政治、情報、軍事を牛耳るエリート社会層に広く浸透したと言われています。1975年に亡くなった創始者エスクリバがカトリック史上類を見ない速さで1992年に列福、2002年に列聖されたことからもこの教団の持つ力の大きさを推し量れるでしょう。また、スペインの法曹界にも大きな力を持つと言われる同教団、最高裁判所憲法裁判所が下層裁判所の判決を覆し、驚きの判決を下す多くの判例を見る時、やっぱそうなのかなぁと考えさせられます。バルタサール・ガルソン判事が全国管区裁判所判事としての職務停止を命じられたケースもそのひとつ。

2003年3月の総選挙で圧勝したPSOE (スペイン社会労働党) が組閣、ザパテロ首相は現在2期目。経済危機の後なかなか回復できないスペイン経済、財政赤字と高い失業率に苦しめられ、任期満了を6ヶ月繰り上げて今年11月に総選挙を実施せざるを得ない状況に追い込まれたザパテロ内閣、ある意味『死に体』とも言えるでしょう。
無神論者を自認するザパテロ首相はこの7年間で、まず堕胎法の国会議決、その後同性愛者の結婚を認める法律、教育の場における宗教の自由を保証するカリキュラムなどを打ち出し、さらには改正堕胎法をつい最近通過させたばかり。このようなリベラルな政策を打ち出したザパテロ内閣と堕胎や同性愛を認めないカトリック教会との関係は何度も危機的状況に陥り、その都度、副首相だったフェルナンデス・デ・ラ・ベガ氏の女性らしい細やかな仲介によって修復されてきたと言われますが、同女史は既にザパテロ内閣には居ません。今回、JMJのために来西したパパは群集を前にした説話の中で、堕胎や同性愛が許される環境に対して遺憾の意を表明したり、教育の場における宗教を通じた人格形成の必要性を呼びかけたりしていますが、一方でスペイン与党社会党のスポークスマンは『法王がどのような思想や信条を持つかは法王の自由であるが、それら思想や信条がスペイン政府の政策に影響を及ぼすものでは無い』と釘を刺しています。

JMJ開会前夜の15日、JMJボランティアとして協力していた24歳のメキシコ人青年が逮捕されました。極右集団の主催するサイトや過激派カトリックのサイトで反カトリックや同性愛者などを激烈に罵る書き込みをしたり、17日に予定されていた宗教行政分離を訴えるデモで毒ガスをばらまくと脅したり、反カトリックをこらしめるための化学爆弾の作り方を掲載していたとされるこの青年は、CSIC (スペイン科学省に属する高等科学研究委員会) の奨学生であることから、毒ガスや化学爆弾を作るノウハウもそれらに必要な材料へのアクセスも可能な環境にあることが判明され、当局は逮捕に踏み切ったもの。全国管区裁判所で判事の尋問に対し、青年は「ネットに書いたことはジョークに過ぎない」と主張、結局、検察の捜査が済むまで1日2回裁判所に出頭すると言う条件付で2日後に釈放されました。7月22日オスロで起きた乱射事件の模倣犯か?との声もあるようですが、スペインの高等研究機関の奨学金を受けて学ぶエリート学生、JMJでボランティアとして働く敬虔なカトリック教徒という青年がたとえジョークであれこのようなことをしていたと言う事実はとてもショッキング。信仰とは自らを救うものであっても、信仰を異にする他者を排斥するものであってはならないはずなのに。

地球上で起こっている争いのうち、どれほどがこの「他者の信仰に干渉する」ことによって引き起こされているかを考える時、JMJがカトリックの若者の祭典であると同時に、カトリック教徒以外の信仰の自由を尊重するものであって欲しいと思います。