ルーシーママのスペイン便り

ルーシーは2009年にマドリッドに近い村で生まれたトイプードル、ママはえらい昔、日本に生まれ、長い間スペインに住んでるおばはんです。

11月20日総選挙、レコルテ、ラホイ内閣発足前夜

11月20日スペイン総選挙
国債信用不安の嵐が吹き荒れる中、11月20日、スペイン総選挙が行われました。
結果はPPの大勝利、下院350議席中、絶対過半数を大幅に超える186議席(32議席増)を獲得。現在のPSOE(社会労働党)ザパテロ政権が2004年4月に政権を取る前、2期8年に渡って続いたPP(民衆党)アスナル政権の第二期は上院・下院ともにPPが絶対過半数を占め、アスナル首相は全てを鶴の一声で動かしていましたが、今回はその第二期アスナル政権時よりもさらに多くの議席を獲得して、上院・下院とも絶対過半数を占める大躍進を果たしたPP。次期首相となるラホイ党首はかつてない絶対的な力を持つことになった訳です。
2008年第二期ザパテロ政権は船出直後にスペインの不動産バブルが崩壊、そしてリーマンショック。嵐に次ぐ嵐の中、ザパテロ政権は次から次へと迫り来る荒波に打たれ、光も見えない暗い海の中を必死に舵を取り続けて来ました。ザパテロ氏は今期を持って政治の表舞台からリタイアするとして、選挙運動とは一線を画し、PSOEはルバルカバ氏を首相候補に立てて選挙戦と戦いましたが、結果は惨敗(59議席減)。保守政党PPが票を伸ばしたと同時に、どうしてもPSOEには投票したくないがかといってPPには政治を託したくないという人々がUPyD(連帯進歩民主、1議席から5議席へ4議席増)やIU(左翼連合、2議席から11議席へ9議席増)といった中道や左派の少数政党に流れました。「現在スペインが陥っている最悪の経済状況」があるいはリスクプライム、あるいは財政赤字、あるいは22%にのぼる失業率、あるいは国債格下げという数字と共に毎日毎日うるさいほど報道される中、「この事態をもたらしたのは、2期続いたPSOEザパテロ社会党政権の無能な政策によるもの」という図式が作りあげられたのか。だからこそ、選挙期間中に世界やEUにおけるスペイン経済状況の旗色が悪くなればなるほど、PSOEへの反発が高まり、その反動としてPPへの期待が増えたのかも知れません。
たしかにザパテロ政権の政策はEUやらIMFからはお褒めを預かりましたが、国民は痛みを強いられました。でも、PPだったらいったいどのような政策を打ち出すのか?という素朴な質問に対して、選挙運動中も選挙後の今も、ラホイ党首は一切具体的な政策を提示していません。ただただ、雇用を創出すれば全てが解決すると唱え続けて来ただけ。PSOEのルバルカバ候補が、「スペインが突きつけられている財政赤字をゼロにする」という命題は誰が政権に付こうと変わらない、唯一違うのは、そこへ至る道として右よりの道をたどるのか、左よりの道をたどるのかということ、そしてそれを決めるのが今回の選挙だ」として、選挙運動期間中、左よりの道とは何かという具体的政策マニフィエストを示して来たし、だからこそ具体的な道を示せば当然苦難を強いられる側からの反発も生じた訳です。一方、雇用を創出し、経費削減を達成し、増税もしない、年金や医療の予算カットはしないと唱え続けたラホイ氏、私なんかは「そんな手品みたいなことどうやったらできんねん!」とついついツッコミを入れたくなりましたが、選挙の結果を見て、「そっか、世の中の人はみんな、手品師ラホイを信じとるんか、そら、めでたい!」と思わざるを得ませんでした。


ラホイ内閣の政策は? 
11月20日の夜、ラホイ首相が最初に電話したEU首脳はドイツのメルケル首相だと言われています。
Europa de dos verocidades(2つの異なるスピードで進むヨーロッパ)とう言葉に象徴されるベルリン・パリ協調路線。
例えばEUがひとつの学級だとすると、そこには27人の生徒が居ます。優秀な子もいれば、アホな子もいるし、もう落ちこぼれ寸前というのもおります。アホな子も、ちょっとやばい子も、優秀な子もみんな一緒に進んでいけるように、ユーロという共通のお金を持って、共通の憲法を作って、欧州委員会という運営体制を作り、共通の外交代表としてソラナ君が頑張ってくれ、最近はアシュトンちゃんにバトンタッチ、さらにみんなをまとめる学級委員長のポストを新たに作ってロンピュイ君を選んだのに、結局、優秀な子や力のある子らが前面に出てせっかく作った学級運営組織や規則は骨抜きですか?なんでもメルケルちゃんとサルコジ君が決めちゃうの?
ラホイ首相は、選挙後、2つの異なるスピードで進むヨーロッパにおいて、ドイツを中心とする第一グループに是が非でも付いて行くという意思と、どれだけの苦痛と犠牲を強いてでも2013年までにEUが定めた財政赤字削減目標を達成すると明言しました。いったいどうやって?という質問には未だ答えてくれていませんが、少しずつ、そのHow toが見え始めています。
経費削減スペイン語を知らなくてもレコルテ(Recorte)という言葉は世界中に知れわたるほどの今日、レコルテ=予算カットはしないと唱えていたラホイ氏、ここに来て「年金は絶対守るがそれ以外はある程度の国民の努力と犠牲が必要」とトーンダウン、介護法は維持不可能であるとも言及。PPが与党の自治州政府が公共医療システムや公立学校などの予算カットを断行しているのを見れば、国家レベルでの予算カットが始まるのも時間の問題でしょう。
雇用創出(失業者を減らす)という大命題;選挙後、早速経団連(CEOE)と話し合い、若者を対象とした雇用創出の促進を進める意気込みを示しています。ドイツを手本としたミニ雇用(Miniempleo)なら最低賃金月額400ユーロで雇用契約を結べるから、きっと雇用も増えることでしょう。かつて月額給与1000ユーロで働く労働者がMileuristaと呼ばれて揶揄されましたが、今となっては1000ユーロ稼げる人がうらやましがられる時代。地下鉄チケット1.5ユーロ、コーヒー一杯1.5ユーロ、昼のランチ定食最低でも10ユーロ、フラットじゃなくて一部屋を借りるだけでも最低300ユーロは必要な街で、月給400ユーロの雇用契約、どうやって生活しろというのでしょう? 一方で、昼のランチが50ユーロもするレストランも人で溢れていたり、貧富の両極化でしょうか? こんな現状を前に労働組合(Sindicato)は何かを動かす力があるのでしょうか?来年はスペインもゼネストがテンコ盛りでしょうか?
社会的自由;ザパテロ政権の7年間にいくつかの社会的平等と自由を保証する法律が成立しました。16歳以上(18歳になっていない未成年)の女性は親の同意無しでも堕胎可能とした法律の再考、同性愛者による婚姻合法化や養子縁組などの権利を定めた法律の再考など、ラホイ政権はそれらの法律の廃止を視野に入れているようです。選挙直後、早速、国会にCEU大学教授など専門家を招いて、同性愛は病気である、病気の人同士が結婚するのは認めるが、病人が子供を養子とするのはまずいという見解を発表させていました。


マクロ経済と市民の暮らし
マクロ経済、市場の様々な数字や指数(Moodys,S&P,Fitchesなどの格付け)がメディアを通して毎日流れ続ける現実>畳み掛けるメディア>洗脳>諦めと受け入れという図式(その背景にある作為とは?)
EUの中でPIIGSと呼ばれた国々、Ireland>Portugal>Greece>Italia>Spain. ギリシャパパンドレウ首相がイタリアはベルルスコーニ首相がそれぞれパパディモス、モンティというテクノクラート首相に置きかえられ、スペインではザパテロ首相が任期満了を半年近く前倒しした国会解散と総選挙の結果、保守派PP民衆党の圧倒的勝利による政権交代
つまるところ、もう国政を牛耳るのは政治理念でも政治家でもなく、マクロ経済市場に「動向や情勢」を作り出している「作為=特定の意思」なのでしょう。毎日これでもかとメディアで報道される経済動向や情勢、あたかも天候や自然災害のように人智のおよばない自然発生的なもののような扱われ方をしています。地震津波や台風を前に、誰の責任だとかどこに原因があるとか誰も考えないし、考えてもしょうがない、起こったことを受け入れ、我慢して、次のステップへ進まざるを得ないと思います。しかし、マクロ経済市場は偶然の産物でもなければ、天変地異でもない、高みから全てを見下ろす「特定の意思」によってその動向が操作されているはず、膨大な情報と巨額の資金を持つ特定の意思によって。
国債格付け格下げ>リスクプライム高騰>株価暴落>財政赤字削減命令>経費削減>社会福祉・医療・教育などの予算カット>増税。市場が人々の暮らしを左右するのでなく人々の暮らしが市場に反映されるべき本来の姿と本末転倒の現実。今、私たちが生きているのは、あべこべの世界なのでは?

全く余談ですが、昔々、私がスペインに来たばかりの頃、つたないスペイン語でも理解できたのがEl Mundo al Revesという歌。パコ・イバニェスというシンガーソングライターが歌っていた曲で、なぜかすんなりと耳に入ってきたものです(因みに作詞はGoitisoloという作家)童謡のようでいて、結構含蓄のある曲です。あべこべの世界を考えるには打ってつけの歌かも知れません。

EL MUNDO AL REVEZ
Érase una vez un lobito bueno al que maltrataban todos los corderos.
Y había también un príncipe malo, una bruja hermosa y un pirata honrado.
Todas estas cosas había una vez. Cuando yo soñaba un mundo al revés.
(José Agustín Goytisolo en Barcelona en 1928)



レコルテ(RECORTE
2010年の地方自治選挙後、多くの自治州では財政赤字削減目標達成のための大鉈が振られており、マドリッド州やガリシア州では公立学校の教員数削減、バレンシア州では最先端科学研究分野でのD&R予算削減、カスティリャー・ラマンチャ州では公務員の給与引き下げと勤務時間延長などを始め多くの分野での予算カットが断行されています。中でもカタルーニャ州では公共医療システム予算の10億ユーロ削減を断行、医師や看護士などの給与引き下げと人員削減に加え、主要な総合臨床病院では外科手術などを行わない日を週に何日か設定して大幅に運営費用削減を図ろうとしています。現場で患者の治療に当たる医師たちは、州のこの政策に真っ向から反発。それでなくても患者が癌と診断されてから手術を受けられるまでの待ち時間が長かった腫瘍科の医師たち、患者に対していつ手術をすることができるか解らないと宣告せねばならない現実は医師としての受け入れられないとして、腫瘍科を中心とした医師団が無報酬で執刀を行うと州政府に提案したものの、州政府は経費削減は医師の人件費だけでなく、手術を行うための全ての費用(施設、装備、電力などなど)を削減するためなのでたとえ医師団が無報酬執刀サービスを提供してくれても手術室再開はできないと回答しています。このような中、経費削減に伴う待ち時間の延長とその結果の医療行為の遅れが原因と考えられる犠牲者が発生するケースも散見され、公共医療システムの危機が叫ばれ、その破綻を避ける方法が模索され、Copago(医療費一部負担)の可能性も取りざたされるようになりました。1986年来、民主化のスペインが掲げてきた皆保険健康保険制度の公共医療サービス無料提供という砦が崩れるのも時間の問題なのでしょうか?


新国会とラホイ内閣組閣
11月20日の総選挙で選出された新しい議員たちによる下院が12月12日から開会しました。新しい下院議長に選ばれたのはヘスス・ポサダ氏。かつてアスナル政権で何度か大臣を経験しているものの、PPの中では目立った存在ではなく、地味ながら、周りとの交渉能力を持つ人物ということで白羽の矢が当たったらしい。
さて、毎度のことながら、総選挙の後、各政党は国会における政党登録をしますが、その後、国王ホアン・カルロス一世が各政党代表者と1対1での会談を持ちます。国王とのミーティングの後、各政党代表者は記者会見を行い、会談の内容を公表すると同時に今期国会におけ政党としての指針を発表します。議席の多い少ないに関わらず、国会登録した全ての政党に対して平等に国王との会談の場が設けられ、その後に記者会見の場が設置され、メディア記者との質疑応答が行われます。その模様がライブ中継されるのですが、国営放送はこのプロセスを他の番組を中断して必ず放送します。
日本と同じ議会君主制のスペインですが、毎度総選挙後に行われるこのプロセスをテレビで見るたび(見たくなくても他の番組が中断されるので仕方なく見るのですが)、市民戦争、フランコ独裁時代、トランシションと呼ばれる民主化移行への綱渡りの時代、F-23という試練などなど、多くの犠牲と努力の末に手に入れた民主政治と法治国家に対するスペイン国民の敬意というか心意気というかそういうものを思い知らされます。日本では、総選挙後、各政党代表と天皇陛下が政策に関する意見交換をする、なんてことはあるのでしょうか?
さて、その国会で明日19日に正式にラホイ氏が次期首相に選ばれる予定(350議席中PPが186議席を占めるのでラホイ氏首相指名は既成事実ですが)、そしてその後の就任演説で初めてラホイ氏の具体的政策が発表されることになるはず。どんなサプライズが待っていようとも、文字通り、野党が束になってかかっても何もできません。今期の国会では下院と上院の両方でこういう図式がこれから4年間続くわけですね。
20日からラホイ内閣の組閣発表、国王の前で各大臣の就任宣誓式と続き、クリスマス前の23日には第一回目の閣僚会議が開催される予定。さてラホイ政権はどんな顔ぶれになるのやら、政策に対する期待は全くないものの、ガリシア人特有の我慢強さというか風見鶏というか、鳴くまで待ってようやくホトトギスを鳴かせるところまでこぎつけたラホイ首相、誰をどういう大臣に指名するのか興味津々、楽しみです!