ルーシーママのスペイン便り

ルーシーは2009年にマドリッドに近い村で生まれたトイプードル、ママはえらい昔、日本に生まれ、長い間スペインに住んでるおばはんです。

エスクラチェとプレフェレンテ、Bankiaとラト氏

雨また雨で、太陽がどこかへ行ってしまったかと思われたスペインですが、ここに来てようやく、青空が見える時間が増えてきました。

空は晴れても、巷では相変わらず汚職まみれの政治家やら王室メンバーやらの話題が溢れ、ほとほと嫌気がさしているスペインですが、その中でも大きな波紋を呼んでいる問題が2つ。ひとつはDesahucio(住居の差し押さえ、強制退去)、もうひとつはParticipacion preferente(参加優先株)。 


DesahucioとEscrache
過日ブログに少し書きましたが、PAH (Plataforma de Afectados por Hipoteca住宅ローン被害者同盟)という団体を組織して、住宅ローンを払えなくて家を追われた人たちを救おう、金融機関にのみ有利な法律を改正しようという運動を繰り広げています。PAHはデモ行進などの他に、政府の大臣や関連機関のキーパーソンなどの自宅前に集まってEscracheと呼ばれる抗議行動を実行しています。

このEscracheという言葉、最近よく耳にするようになりましたが、辞書を引いても出てきません。Wikipediaで見ると、次の様な説明があります。「平和的な抗議行動の一手段として、抗議の対象となる人物の自宅や仕事場へ直接出向き、プラカード、シュプレヒコールなどで、プレッシャーを与えると同時に社会の注目を集めることを目的とする行動。起源としては、1995年のアルゼンチンでかつての軍事独裁政権時代の反人道的犯罪で終身刑の判決を受けていた元軍人らをメネム大統領が恩赦によって釈放したことに対して、反人道犯罪の被害者らの家族らが組織して行った抗議行動をこのEscracheという言葉で呼んだのが始まり」だそうです。

PAHのEscracheの標的となっている人物のひとりに、スペイン中央政府の副首相で政府のスポークスマンでもあるSoraya Saenz de Santa Maria氏がいます。2011年12月26日「ラホイ新内閣の顔ぶれ」の記事でも書いたように頭脳明晰で敏腕、弁が立つが決して失言はしないという、ラホイ首相にとっては不可欠な存在の彼女ですが、私生活では未だ一歳そこそこの子供を持つ母親、公人である彼女だけでなく家族も影響を受けるこの抗議行動の是非が問われていると言う次第です。

ただ、Escrache行為が個人の生活を脅かすものであるとして多方面から批判や糾弾が浴びせかけられることで抗議行動を行っている組織自体がまるでテロ組織のような扱い(少なくともメディアでの論調が)を受け、それが定着して行くと、抗議の本来の目的がうやむやにされてしまいがち。これはCortina de Humo(本来の問題点を煙に巻くため煙幕)を張るために意図的にスキャンダル化しようという意思が働いているとも言われている所以でしょう。



Participacion Preferente
まずこのParticipacion Preferente(参加優先株)とはなんぞや。詳しくはWikipediaなどで見るとよく解ると思いますが、要は株式と元本保証金融商品とのハイブリッドなのだそうで、次の特徴が上げられるそうです。
●額面に対して何%という利子が付くが、発行機関の経営が不調な時にはその利子が支払われない。
●満期がない、つまり永久に有効、従って投資したお金を回収したい時はセカンドマーケットで売りに出すしかない。発行機関の経営が不調あるいは倒産の場合、購入時よりずっと低い価格で売らねばならないケースがある。最悪、買い手がつかないと元金を回収できなくなる。
ペイオフ対象外。
●このような高リスクのため通常は利子も高いが、たまに低いケースもある。


問題になっているのは、CajasあるいはCaixaと呼ばれる貯蓄銀行などが、このハイリスク・ハイリターンの複雑な金融商品であるParticipaciones Preferentesを十分な説明をせずに売ったケース。


日本であればさしづめ郵便貯金、あるいは農協の預金、あるいは信用金庫などに口座を持ち、長年自分のお給料をコツコツと貯めて来た人が、定年退職後にちょっとした小金(決して大金ではないが)を持っているとします。長年の付き合いのその銀行の支店長さんから「定期預金よりParticipacion Preferenteを購入する方が断然利子が高いからお薦めですよ。手放したい場合は私ら銀行が48時間以内にセカンドマーケットで売って換金してお返ししますよ。」と推奨してくれたら、ルーペを使わないと読めないような細かい文字で書かれた膨大な契約書などを読むことなく、だったらやってみるか、と思うのも無理はない。


発行機関である銀行や貯蓄銀行は、経営状態が良くないことが解りきっているのに(つまり一旦購入後にマーケットで売りに出すと価値が目減りするかあるいは最悪売ることができなくなって紙屑となる可能性を知っていながら)資金集めのためにこの商品を銀行の顧客に売りつける、その際、高利回りを強調し、複雑な金融商品のリスクを説明せずに、長年の付き合いで培われたお客の信頼を利用する。


Bankia (Caja Madrid)を筆頭とするCajasあるいはCaixaと呼ばれた貯蓄銀行(地域の地方公共団体政府が多くの株を所有するので、経営幹部の任命権を持つ)がバブル崩壊後に破綻し、公金を投入して倒産を食い止めた訳ですが、これらの貯蓄銀行では、支店長自らあるいは預金担当者が、長年の顧客が老後のためにコツコツと貯めた虎の子を当てにして上記のようなほとんど詐欺まがいの方法でこの参加優先株を売りつけて行った訳です。


バブル崩壊、経済危機、息子や娘が失業、そしてローンを払いきれずに家を失い孫を連れて実家に転がり込む、物入りになったおじいやおばあは「参加優先株」を換金してもらおうと、銀行に行くと、市場で二束三文で売れればいい方、全くの紙屑となってしまったケースが続出。約束が違うじゃないかと担当者やら支店長やらに抗議しても、「これを見よ」と「参加優先株契約書」超細かい字で書かれた契約条件を提示されるだけ。このような「参加優先株被害者」の数はスペイン全国で70万人に上るそうで、そのほとんどが老齢者。ショックのあまり病気になってしまう老人も多数出たとか。

その中で最も多くの被害者を出したのがBankiaで、その数8万人以上と言われています。そのBankiaの経営破たんを避けるためスペイン国家が保証人となってEUから借り入れて投入した公的資金が2350万ユーロ、国民一人当たりが500ユーロずつ負担したと同じ額だそうです。



BankiaとRodrigo Rato氏

2010年1月にCaja de Madridの頭取となったのが、それまでIMF専務理事だったRodrigo Rato氏。2011年2月、Caja Madridを中心として、バブル崩壊後の不良債権に苦しむ7つの貯蓄銀行が合併してBankiaが誕生、スペイン最大の金融機関となり、Rato氏がその頭取となる。5か月後の2011年7月20日マドリッド株式市場に上場、新規公開株としてその年最高の高値を付けて華々しくデビューし、IBEX35の仲間入りを果たす。
合併吸収による合理化で800店舗閉鎖、従業員リストラなどが奏功したとして2011年度経営報告では3億ユーロの利益を計上したと発表。

同年12月、スペイン銀行がBankia経営陣が受け取る報酬額の公開を命令し、頭取であるRato氏が234万ユーロの年俸を受け取っていたことが判明。不良債権を抱え、経営が苦しい同行や他行の経営幹部の多くが同等あるいはもっと多額の報酬を受け取っていたことが明るみに出て、国民の顰蹙を買う。

2012年5月Rato氏が突然の辞任、不動産バブル崩壊によって抱え込んだ同行の不良債権額が3億7千5百万ユーロにおよんでおり、破綻は火を見るより明らかな状態にあることが発覚。Rato氏ら幹部が3億ユーロの利益と発表していた2011年度決算、調べてみたらとんでもない、本当は30億ユーロの赤字だったことが判明。スペイン最大の銀行を潰す訳には行かないとこれを国有化。そして先に述べた公金投入、Bankiaの株価はどん底まで落ち、上場停止。当然、参加優先株も紙屑となってしまった訳です。


経営が破綻しかけた貯蓄銀行の元経営役員らは皆、辞任していますが、そのほとんどが天文学的ともいえる数字の退職金を受け取っています。契約条件に従った退職金とは言え、バブルのイケイケ時代にいい思いをした経営陣が、バブルがつぶれたらしっかり退職金をもらってさっさとバイバイ、会社を破たんに導いた経営責任者としての責任は一切問われないままで。その一方で詐欺まがいの金融商品を買わされて、気が付いたらコツコツ貯めた財産が紙屑になっていた、それだけじゃなくて、銀行破たんを避けるための公金投入のための税金も負担させられる一般国民は本当にいい面の皮。


いわゆる現代の「市場経済システム」においては何が正しくて何が悪なのか、解らないですが、このRodrigo Rato氏の軌跡を見るとそのなぞは深まるばかり・・・


世界でも屈指のエコノミストと評される一方で、世界でも最悪の経営責任者のひとりとも評される。2000年から2004年、第2期アスナル政権、「Espana va bien! (スペインは絶好調)」と叫びながらイケイケ経済成長期に経済大臣を務め、2004年から2007年IMF専務理事を務めたRato氏、リーマンショックが勃発しスペインバブル崩壊が始まった2007年秋、11月1日に「一身上の理由」で任期満了を待たず突如辞任。2010年1月Caja Madrid頭取就任、同年12月Bankia頭取就任、そして2012年5月Bankia頭取を辞任。
背任行為、粉飾決算などの容疑で裁判法廷に喚問されるも、未だに起訴されるには至らず。そして今年2013年1月、スペインの優良企業のひとつTelefonicaの経営役員の座に就きました。

ニュースなどで現代の「経済市場」を話すとき、まるで天気や天災のように私たちの意思では如何ともし難いものであるかのように、刻々と変わるその有様を結果としての視点で報道されますが、Rodrigo Rato氏の軌跡を見ると「市場」とは特定に人々の特定の意思によって動かされているものであることを思い知らされます。


樹の芽のカーテンと風に揺れる花