ルーシーママのスペイン便り

ルーシーは2009年にマドリッドに近い村で生まれたトイプードル、ママはえらい昔、日本に生まれ、長い間スペインに住んでるおばはんです。

Recorte(予算カット)と公共医療サービス

今年4月に数年ぶりにバルセロナに遊びに行った時、ランブラス通りを散歩していると、凄い数の白衣を着た人たちが横断幕やらプラカードを持って押し寄せて来てびっくり、後で新聞を読んだところ、自治州が運営する公共医療制度の予算削減に伴い、最先端の研究で国際的にも知られるカタルーニャ自治州有数の公立病院Hospital Valle de Hebronの大幅な人員削減に反対するデモ行進でした。


そして、5月、統一地方選挙でスペインに17ある自治州のうち、PP(保守系、民衆党)が自治体議会の絶対過半数を獲得して与党となった州が半数を超え、多くの州で政権交代が起こりました。財政赤字削減と財政の健全化がEUの大きな命題となり、「市場」からのプレッシャー>EUから各国へのプレッシャー(スペイン中央政府へもギリシャの二の舞にならぬようにと非常に大きなプレッシャー)>中央政府から自治州政府に対する財政補助金カットという図式で強い締め付けが続いています。地方自治体によってはごみ回収税の新設やら、固定資産税の増税やらで何とか収入を増やそうと頭を捻ったり、公務員を減らして小さな政府に変身したり様々な努力をしていますが、それでもスペインの不動産バブル崩壊、世界的金融経済危機から立ち直れないまま、かつてバブリーな時代のずさんな管理のつけが、結局は予算カットという形で市民を直撃しています。先日書いたマドリッド州の教育予算カットもそのひとつ。



昨日、9月30日の新聞やテレビはこぞってカタルーニャ州で起こった医療従事者による大規模デモ行進や自治州公共医療運営機関への抗議行動の記事を大きく扱っていました。カタルーニャ自治州新政府は公共医療予算10%カットを打ち出し、医療の現場で大きな反響と反発を生み出しています。Hospital Valle de Hebronでは400人の人員カットか、あるいは400人削減の代案として全てのスタッフに本来定めれれているボーナスをカットするという二者択一を迫っている一方、人件費以外にも全体のコスト削減のため毎週金曜日に病院の外来サービスを取りやめる他、外科手術の数を2/3に減らすなどと発表。現場の医療スタッフは患者を放り出せないとして、これらの政府案に反対し、給与の対象にならなくても金曜日に外来サービスを提供すると発表している他、外科医らは癌手術を必要としている患者に対しては無料で執刀する準備があると訴えていますが、政府側は、人件費だけの問題ではないとしてこれら現場スタッフの人道的オファーも受け入れ不可能としているようです。
国際的にも著名な経済学者である州政府の財務大臣は、浴びせられる多くの非難に対し、財政が健全化されない限り雇用創出も経済活性も前に進めないとする一方、公共医療サービスが無料という考えから脱却し、行政とサービス利用者が折半すべきであり、私企業も公共医療サービスへどんどん参入すべきと主張。


アメリカでオバマ大統領がWaren Buffett氏による超富裕層への増税の提案を受けて100万ドル以上の資産を有する富裕層への増税法を打ち上げる前、スペインでも9月27日の国会解散直前に滑り込みセーフで討議もほとんどなしに「持ち家の他に70万ユーロ以上財産を所有する富裕層に対する財産税の導入」が可決されたばかり。この財産税は2年前に現政府が撤廃したもので、11月の選挙を前に野党側からは政府への批判の声が浴びせかけられましたが、ふたを開けてみればの国会での投票ではPSOE以外のほとんどの政党が棄権したことによって与党PSOEは過半数を獲得。この法律を実際に運用するのは財産税を徴収する地方自治州政府なので、国会では法案に批判的だったCiuなのに、同党が与党のカタルーニャ自治州政府はこの財産税導入を早速検討しているとか。


スペインに社会保障社会保険制度というものが整備されたのは1982年の社会党政権誕生以降のこと。フランコ独裁に時代にはカトリック教会を初めとする宗教組織などが中心となり、貧しい人たちに対して施しを提供するというスタンスで医療や社会福祉サービスが提供されていたのですが、社会党政権は「皆保険」という概念で、医療、教育、福祉、年金など全てをカバーするSeguridad Socialを整備、その中でもInsaludという国有医療機関の下に全ての国民に対して無料で公共医療サービスを提供するという壮大なプロジェクトを始動させました。最初は中央政府がInsaludを中心に整備を推し進めた公共医療ネットワークでしたが、1981年から徐々に各自治州にその運営と予算を移譲して行き、2002年には全ての州で移行完了、現在では各自治州政府ごとに独自の公共医療ネットワークを構築して運営に当たっています。国家の法律で定められている「国民全てが無料で公共医療サービスを受ける権利」はもちろんどこの州でも保証されていますが、自治州ごとに経営形態や運営方法が違うので、医療サービスの質やサービスを受けるまでの待ち時間はバラバラで、財政赤字削減のための予算カットが現れるのが、正にこの医療の質とスピード。1982年から86年まで、第一期社会党内閣の厚生大臣に任命され、全ての国民が無料で受けられる公共医療サービスの生みの親と言われたErnest Lluc氏カタルーニャの人でした。Lluc氏は定年後政治から離れて暮らしていたにも関わらず、2000年にテロ組織ETAによって暗殺されてしまいましたが、生まれた地、カタルーニャで公共医療制度が危機に瀕している今の様子を見たら、きっと悲しむのではないでしょうかねぇ。


マドリッド州は90年代、PP民衆党が与党となって以降、公共医療ネットワークに属する公立病院の経営を財団化し、プロの経営集団に委託して徹底的に無駄をそぎ落としたり、私立病院と提携してネットワークに加え公立病院で足りない部分を委託するなどかなりドラスティックなコスト削減を実施してきました。しかしその一方で、スタッフの人数削減やプライマリーケアセンターを始めとする医療施設の合併統合による担当患者数の激増など現場へのしわ寄せや、全てがアポイント制になり、電話でのアポを取ろうにも電話オペレータの数も少ないので電話が通じなかったり、現在はほとんど全てがInternetによるアポ制度ですが、一人暮らしの老人が圧倒的に多いプライマリーケアセンター、全てをInternet一本化とは正に絵に描いた餅。現場の破綻を承知で作られているコスト削減政策、それでもなんとかなっているのは、ひとえに医療の現場のスタッフの高い志と市民の忍耐力の賜物なのかも知れません。


でも、これから更なる予算削減による締め付けが行われるのなら、公共医療システムの破綻を招くよりは、無料という砦を捨てて市民の一部負担という考えが出てくるのかも知れませんね。2007年に導入された介護法はまさにその利用者一部負担によって介護サービスを提供していますが、負担率は利用者個人および家族全体の所得によって異なるし、自治州によってもまちまちのようです。