ルーシーママのスペイン便り

ルーシーは2009年にマドリッドに近い村で生まれたトイプードル、ママはえらい昔、日本に生まれ、長い間スペインに住んでるおばはんです。

言霊の重み。新卒裁判官任命式に国王が欠席。

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ここ数日、最高裁長官であり司法総評議会(CGPJ)委員長であるCarlos Lesmes氏がやたらといろんなメディアに取り上げられていて、国王フェリペ6世に関してなにやら述べているけれど、いったい、何が起こっているのかしら? その背景と合わせて調べてみた。

 

何が起こったのか:9月25日(金)バルセロナにおいて、裁判官養成の最終かつ最高学府であるEscuela Judicialの今年度卒業生69名を裁判官として任命し、任地を発表する式典が開催された。毎年この式典にはスペイン国王が来賓として参加しており、今年も当初は参加予定だったが、直前に突如、欠席となった。当日、CGPJのCarlos Lesmes委員長が 「今日は国王においでいただけなかったのが非常に残念。国王も私に、参加できないことが非常に残念だと語っておられた」 と発言したことから政界やらメディアが騒ぎ始めた。

 

背景1:スペインの司法は行政や立法から独立しており、司法システムの頂点にあるのが、司法総評議会(CGPJ:Consejo General de Poder Judicial)で、三審制の司法システムに属するすべての裁判所の判事を任命するのはこのCGPJとなる。裁判官を養成する最高学府(Escuela Judicial)もこのCGPJに属する。

CGPJの委員長は最高裁長官がこれを兼任、その他に20名の委員から成り、任期は5年で、委員長を含む21名の構成員は国会にて議席数の3/5の賛成を得て任命される。社会労働党(PSOE)と民衆党(PP)の二大政党が政治を牛耳ってきたフランコ後のスペインでは、この二大政党が合意の上でCGPJ構成委員となる裁判官を選んできた。司法の独立を守るための最高府であるCGPJだが、その構成員を決めるのは国会であり、国会で多くの議席を占める政党が推す裁判官が任命されるという現実がある。

現在のCGPJメンバー構成は2013年12月に民衆党政権のラホイ首相と野党第一党社会労働党のルバルカバ総書記の話し合いの下で取り決められたもので、20名の委員の内、11名はPP民衆党推薦、7名はPSOE社会労働党推薦、1名はPNV(保守系バスク独立派政党/当時国会でキャスティングボートを握っていた政党)による推薦。委員長であるCarlos Lesmes最高裁長官もPP民衆党が支持した裁判官。本来、2018年に任期満了したはずの現在のCGPJ体制だが、その更新が政治的理由で先延ばしの状態が今も続いている。2013年当時は保守の民衆党が圧倒的な力を持っていたが、2018年にラホイ政権が内閣不信任で倒れ、社会労働党サンチェス内閣が立ち、その後2019年4月に行われた総選挙では国会での政党議席が割れ、最多議席を得た社会労働党が組閣を試みたが失敗、2019年11月に再度総選挙が行われ、民衆党は大敗、保守系政党が3つに分裂、革新系政党も単独組閣が無理で、大揉めの末に、革新系連立政府(社会労働党とポデモス・ウニダス党)が誕生したのが2020年1月。本来ならすぐさまCGPJのメンバー更新をすべきところが、かつてのように与党と野党という二大政党制が崩れ、保守系も革新系も分裂混迷状態の今、各政党の持つ勢力を反映させた 「均衡のとれたメンバーを選び合意に至る」 というプロセスが実は至難の業と言う状態。社会労働党は民衆党となんとか合意をとりつけてメンバー更新を図ろうと交渉を試みるが、民衆党にとってはできるだけ引き延ばしてCGPJの現行体制を維持したいところ。その訳は・・・・・・・・

CGPJはすべてのレベルの裁判所の判事任命権を持っているので、CGPJの現職メンバーは自分たちの任期は切れているものの、あらたなメンバーが選出されるまでは、属するすべての裁判所の判事の任期が終わる度に新たな判事を任命することができる。最高裁の裁判官しかり、全国管区裁判所の長官や裁判官もしかり。現在、民衆党に属する国会議員、自治州議員、市町村議員、あるいは民衆党が与党として行政を司っている自治州政府や市町村政府の閣僚などが被告として予審捜査や公判が進んでいる裁判が数多く存在する中、民衆党にとっては裁判の担当を自分たち寄りの判事に変えることが非常に重要となるから、自分たちにとって有利な任命権を持つ司法最高府のメンバー構成はできるだけこのままで引き延ばしたい。

 

背景2:カタルーニャ自治州政府のトーラ知事が最高裁の判決待ちの状況にある。2019年4月の総選挙の選挙運動期間中に、当時も自治州知事だったトーラ氏が、禁固刑に服しているカタルーニャ独立派政治家釈放要請のシンボルである黄色いリボンやプラカードを、自らが首長である自治州政府庁舎の正面に掲げていたことに対して、選挙管理委員会から撤去命令が出されたがこれを聞き入れなかったことから、カタルーニャ州上級裁判所に訴追され、1年半の公職からの追放という判決が下りた。これを不服とするトーラ知事は最高裁に控訴、公判が行われて来たが、9月17日に結審、現在判決が出るのを待っている状況。有罪判決が出ると、現職のカタルーニャ自治州知事が公職を追放されることになり、州議会選挙となるだろうけれども、もし、そうなった場合、独立派の州民が黙っているはずはなく、それこそ、2017年10月1日の州民投票の時以上の運動が起こるかも知れない。独立派の活動がコロナ禍のために霞んでいるとは言え、判決いかんでは一触即発の事態が起こりえる状況にある。

 

そして昨日、25日、お昼のニュースを見ていたら、民衆党副党首が 「サンチェス首相はじめとする現政権が新任裁判官の任命式典への国王の参列を拒否した。憲法にも反するこの政府の行為を我々は絶対に許さない!」 と言っているのが聞こえた。発せられた言葉だけを聞いて「えっ、何事?」と驚いた。

民衆党やシウダダノスの保守系政党は、この時期に国王がバルセロナの公式行事に参加することは独立派を刺激することになることを恐れた政府が国王に対して参加を取りやめる圧力をかけたとして、大反発。サンチェス首相に国会で事情を説明するよう要請。

サンチェス首相は沈黙を守り、カルボ副首相は 「政府は王室や国王の意向を掌握しているが、その理由に関しては聞いていない」 としている。

一方、社会労働党と連立政権を構成する革新系ポデモス・ウニドスの政治家らが、「国王が憲法に照らして政治的に中立な姿勢を保つのは当然であり、Lesmes委員長の発言は不用意であるな」 などとするSNSで発信すると、これに対して保守系政党がさらにヒートアップして激しい言葉で応酬。

 

相手を非難したり攻撃したりする激しい言葉が発せられると、それを証明する根拠とか理論がなくても、言葉自体が独り歩きをして、言霊となって人々の気持ちに入っていく。最近の政界を見ていてそう感じる。

 

25日に行われた式典で任命された新人裁判官のひとり、27歳のクリスティーナ・メンデス判事の 「私たちの晴れの日が、すっかり台無しになってしまった。こんな状況に嫌気がさして式典にこなかった同期もいる。司法が政治や行政機関の思惑のために利用されるようなことは絶対にあってはならない。今日から裁判官となる仲間たちと共に、決して外部の圧力に影響されない裁判官になろうと思う」 という言葉が刺さる。

 

おしまい