ルーシーママのスペイン便り

ルーシーは2009年にマドリッドに近い村で生まれたトイプードル、ママはえらい昔、日本に生まれ、長い間スペインに住んでるおばはんです。

キッチン事件(Operacion Kitchen)って何?【前編】グルテル事件とバルセナス事件の説明から

 

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ここ最近、スペインのメディアで「キッチン事件(Operacion Kitchen)」という言葉を聞かない日がありません。

いったい、「キッチン事件」って何なのでしょう? 

それを知るには、グルテル事件バルセナス事件を知っておく必要があります。

とても長くなるので、2回に分けます。今日はその前編、グルテル事件とバルセナス事件を説明していこうと思います。

結構ごちゃごちゃしておりますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

 

まずはグルテル事件

★過去のこのブログで書いたグルテル事件に関連する記事、よろしければどうぞ:参考までになのでスキップしてもらって大丈夫です。https://madredelucy.hatenablog.com/entry/20120121/1327151303

★別のブログで書いたグルテル裁判最終判決後の民衆党政権崩壊に関する記事、よろしければどうぞ:参考までになのでスキップしてもらって大丈夫です。https://www.michiko18.com/post/%E6%BF%80%E5%8B%95%E3%81%AE%EF%BC%92%E9%80%B1%E9%96%93

さて、このグルテル事件はとてつもなく膨大な汚職ネットワークなので要約するのはかなり難しいのですが、BBCワールドが要約してくれている記事(グルテル裁判最終判決が下り、民衆党政権が崩壊した直後に書かれたもの)があるので、これを参考にして日本語で要約してみましょう。

グルテル事件とは、民衆党という政党による組織ぐるみの大規模な汚職事件であり、その裁判の最終判決によってスペイン史上初めて、不信任案によって現役内閣が倒れ、民衆党は下野しました。

フランコ後のスペインは1978年に新憲法を制定して議会君主制による民主化の道を歩み始めて以来、保守系の民衆党(PP)と革新系の社会労働党(PSOE)の二大政党の力が大きく、現在までほとんどの時期、この二つの政党のいずれかが交代で政権を担ってきました。

1982-1996 : 4期連続の社会党政権(ゴンサレス首相)

1996-2004 : 2期連続の民衆党政権(アスナール首相)

2004-2011 : 2期連続の社会党政権(サパテロ首相)

2011-2018の5月末:3期連続の民衆党政権(ラホイ首相)3期目途中で内閣不信任により崩壊。

2018の6月から:内閣不信任案を可決させた社会労働党ペドロ・サンチェスが首相となり組閣、2019年11月の総選挙にて革新系複数政党による連立政府を組閣(スペイン史上初の連立内閣)。

ここで、スペインの行政システムを理解しておく必要があります。

スペイン中央政府の下に、全国17の自治州(Comunidad Autonoma)があり、各自治州はいくつかの県(Provincia)から成っています。自治州は中央政府から様々な権限を委譲されて独自の権限を有する自治州政府によって治められています。県には行政機関はありませんが、その下にはMunicipioと呼ばれる地方自治体がありそれぞれが独立の行政機関を持っています。Municipioは小さな村から数百万の都市までそのサイズはいろいろですが、行政組織は基本同じなので、ここでは便宜上Municipioを日本語の「市」として話して行きます。たとえばマドリッド自治州の中にはマドリッド県と言うひとつの県があり、その中にあるたくさんの市のひとつがマドリッド市となります。バルセロナだと、カタルーニャという自治州の中に、3つの県(バルセロナ、リェイダ、ジローナ)があり、バルセロナ県にたくさんある市のひとつがバルセロナ市ということです。

つまり行政組織としては、以下の3層から構成されています。

  • スペイン国家の中央政府:Gobierno del estado:総選挙によって選ばれた下院議員の中から、通常は最も議席数の多い政党の代表が首相に選ばれ、組閣する。
  • 自治州の政府:Gobierno Autonomo:地方選挙によって選ばれた自治州議会で、通常は最も議席数の多い政党の代表が自治州首長に選ばれ、組閣する。
  • 各Municipioの政府:Gobierno Municipal:地方選挙によって選ばれたMunicipio議会で、通常は最も議席数の多い政党の代表がMunicipioの首長に選ばれ、組閣する。

前置きが長くなってしまいましたが、グルテル事件というのは、これら3層の行政組織において、民衆党(PP)が与党となって実権を握った政権で、どのようなプロジェクトにいくらの予算を配分し、どの業者に請け負わせるかという部分に、党および党が実権を握る行政組織幹部個人への「見返り」と引き換えに特定業者群への落札が行われるという党ぐるみのシステム化された汚職ネットワークが存在したことを意味します。見返りは個人への現金、物品、旅行費用提供や特別待遇など、そのほかに民衆党の選挙資金の負担や、党の様々なイベントの運営コストの負担と言う形でも行われました。

始まりは2007年、マドリッド州のマハダオンダ市の元自治体政府のコンセハル(自治体政府の各行政分野責任者をコンセハルと呼ぶ)であり元民衆党員のホセ・ルイス・ペニャス氏が、民衆党が組織ぐるみで行っている汚職システムを検察に訴えたことでした。汚職ネットワークの幹部らの会話を80時間にわたって録音したものを同氏は証拠として提出、ここから日本の特捜に相当するFiscal Anticorrupcion(汚職特捜検察)が捜査を開始。

汚職ネットワークは時間的にも地理的にも広範にはびこっており、検察の捜査も多くのに枝に分かれて進められ、膨大な時間と労力を要しました。Tramo Central(中央区分)、Tramo Norte(北区分)、Tramo este(東区分)など、様々なサブ名称が作られて捜査が行われましたが、中でも最もスキャンダルとなったのがマドリッド自治州とバレンシア自治州の民衆党政府時代に行われた大規模でシステマチックな汚職でした。そして捜査の中で明らかになった最も重要な部分(Juicio central del caso)は、アスナール氏とラホイ氏が中央政府を組閣していた時代(1999年~2005年)にこれらの汚職ネットワークシステムが党の資金源の一部として組み込まれていたことでした。

グルテル裁判も非常に遠大で時間のかかるものでした。被疑者として37名以上が名を連ね、300名を超える証言者(証言当時、現役の首相であり、民衆党党首だったラホイ氏を含む)が法廷に召喚され、汚職特捜検察・全国管区裁判所・マドリッド高等裁判所バレンシア高等裁判所・スペイン最高裁などが関わって10年以上の歳月をかけた末に結審し、2018年5月24日に全国管区裁判所にて最終判決が下り、32名に有罪、8名に無罪の判決が下りました。

  • 汚職システムの中核を担った主要人物、フランシスコ・コレア(スペイン語で紐を意味するコレア/Correaがドイツ語でグルテル/Gurtelという単語であることから、この事件はグルテル事件と呼ばれる)は禁固51年。
  • コレアと緊密にシステムを構築したとされる元民衆党ガリシア支部書記長のパブロ・クレスポは禁固37年。
  • 民衆党の元会計責任者のルイス・バルセナスは33年の禁固刑と4400万ユーロの罰金刑。
  • バルセナスの妻ロサリア・イグレシアスには禁固15年。
  • 民衆党にも政党組織として有罪の判決が下り、24万5千ユーロの罰金刑。スペイン史上、汚職の罪で有罪判決を受けた初めての政党となる。
  • なお、全国管区裁判所は、証言に立った証人の中には偽証をした疑いのある者がいるとしている(ラホイ氏は証言の中で、民衆党はどんな企業からもいっさいの寄付を受け取ったことがないと述べている)

 

次はバルセナス事件

グルテル事件の捜査の過程で、汚職ネットワークの中核を担う被疑者のひとり、民衆党元会計責任者、ルイス・バルセナスが「民衆党の会計には裏帳簿(Caja B)が存在する」と言い出し、手書きの帳簿がメディアにスクープされたことに端を発する捜査と裁判です。要は、グルテル事件の捜査が進むにつれ、最初はバルセナスを擁護していた民衆党幹部が、トカゲのしっぽ切りのように、すべてを彼ひとりの罪にしようとするそぶりを見せたことを受けて、バルセナスが 「死なばもろとも」 と自分が持っている党に都合の悪い情報を暴露したというもの。

時系列に並べて簡単に要約してみましょう。

2013.1.18 スペインのエル・ムンド紙が 「アスナールが党首だった時代、民衆党では会計責任者ルイス・バルセナスから党幹部に対して正規の給与とは別に裏金が支払われていて、その額は毎月5000から15000ユーロに上った」 とスクープ。

2013.1.31 スペインのエル・パイス紙が、前述の裏金支払いをバルセナス自身が記録したとする手書きの裏帳簿を紙面で公表。「バルセナス・ペーパー」 と名付けられたこの帳簿には1990年から2009年にかけての民衆党の裏金の出入りが記されており、収入欄には大手企業を含む多くのスペイン企業名が記載されていると共に、支出欄には民衆党に属する多くの政治家の名前が記されていた。

2013.2.18 「民衆党本部のバルセナス氏の執務室が荒らされ、2台のパソコンが盗まれた」とバルセナス本人が民衆党の顧問弁護士を訴えた。この訴えを受けて、警察が民衆党本部に出向いたところ、民衆党側は「バルセナス氏の執務室自体が存在しない」 と主張したため、捜査は行われなかった。

2013.2.26 バルセナスは「民衆党から不当に解雇された」 と訴える。民衆党側は「バルセナス氏は既に2010年に解雇されていた」 とする一方、バルセナスは2013年1月末に不当解雇されたと主張。

2013.2.26 革新系政党、左派連合が 「バルセロナ・ペーパー」 に記載されている15名の民衆党幹部を提訴。

2013.6.27 バルセナス事件を担当していたパブロ・ルス判事(がルソン判事に代わって全国管区裁判所の判事に任命された)は 「証拠隠滅や逃亡を避けるため」 にバルセナスを逮捕、拘留

2013.7.7. この時既に拘留中のバルセナスが、6月初めにエル・ムンド紙の社長から受けたインタビューの内容を、エル・ムンド紙が公表。インタビューの中でバルセナスは、1月にエル・パイス紙が暴露した裏帳簿、「バルセナス・ペーパー」は本物であること、およそ20年にわたり民衆党は非合法的な形で民間企業から資金調達を行い、選挙運動や党のイベント運営に当てたり、党幹部に不定期的な裏金として渡したりしてきたことなどを認めている。

2013.8.13 「バルセナス・ペーパー」で裏金を受け取ったとされる党幹部3名(ハビエル・アレナス、フランシスコ・アルバレス・カスコス、マリア・ドローレス・デ・コスペダル)が全国管区裁判所の予審判事に召喚されて証言、3名とも事実無根と否認。

その後、全国管区裁判所の予審捜査が進められ、裏帳簿の内容を裏付ける証拠や証言が明らかになっていく。

2020.9月現在までの予審捜査で、民衆党の元幹部だった6名が裏金を受け取ったことを認めていて、贈賄側企業責任者と裏金を受け取った側の党員を合わせて合計32名が被疑者として挙がっている。

2020.9.14 全国管区裁判所の刑事裁判法廷局は、これまでの予審の結果を鑑み、バルセナス事件の公判を2021年2月8日に開始する旨を発表。原告側と被告側によって作成された証人リストの中には、元民衆党党首だったアスナール氏ラホイ氏の名前も含まれている。

 

【前編】はここでおしまい。

次回の【後編】では、キッチン事件(Operacion Kitchen)のお話をしましょう!